罰則条項


 一歩を踏み出す足が、酷く重くて溜息が出た。何処かで経験した不快な状況に、なんで僕が、とつい口を付く。
 それでも、脚は先と変わる事もなく扉の前に辿り着いた。酷い時は、開けっ放しになっている『成歩堂なんでも事務所』の前で、響也はもう一度盛大に溜息を付いた。
 手にした荷物に視線を走らせる。
 小さな紙袋に入った食品は此処へ持ってきた土産ではない。短時間で此処から逃げ出す言い訳のようなものだったが、それでさえ響也の気分を軽くしてはくれそうもない。

 こんなに女々しいなんて、自分でもオドロキだよ。

「いらっしゃい、待ってたよ。」
 自動ドアよろしく開いた扉に、響也がギョッと目を見開けば、ドアノブに手を掛け腰を沈めた姿勢のまま、成歩堂が顔を上げていた。
「硝子に人影が映っていたから、君だろうなと思ってね。」
「アンタ、待っていた…って。」
 成歩堂の言動に不審を感じて問い掛けた響也に、早く入れと手招きする。そうして事務所に招き入れてから、成歩堂は背に扉を締めた。

「そろそろ、王泥喜くんが君に泣きつく頃だ。」

 扉に凭れながら、成歩堂は部屋の真ん中に突っ立つ響也に視線を向けた。それだけで、響也の心臓は悲鳴を上げる。ドクリと波打つ鼓動に思考は揺らいだ。
「……酷い上司だね、アンタ。」
「息子みたいなものだからね、つい構いたくなっちゃうんだよ。」
 響也の抗議など変わらず取り合う気もないらしく、ニコニコと笑う。それは確かに愛娘を見る表情と大差なく響也には感じられた。

 愛されているおデコくんと嫌われている僕。それだけでも酷い差なのに、僕に成歩堂をとりなせって、酷すぎるんじゃないかい、おデコくん。

「僕は今から兄貴に会いに行くんだ。長居をするつもりはないよ。」
 成歩堂の鼻先に紙袋をぶら下げてやれば、半分隠れた顔が見えた。目前の物に上下に視線を揺らしてから、見透かしたような笑みが成歩堂に浮かんだ。
「僕を避けてたみたいだったから、話しが出来て良かった。」
「会話なんか、ちっとも成り立ってないじゃないか。いい加減にしてくれ。」
 腹立たしげに言葉を吐いても、成歩堂の表情は変わらない。それどころか、より一層笑みに深さが増した気さえする。両手をパーカーのポケットに突っ込んだまま動かない。

「君は何をそんなに隠したいの?」

 確かに見透かされている。
 此処が法廷ならば完膚無きまでに叩きのめされているだろうと響也は思う。けれど、此処は法廷じゃない。
 有罪か無罪かと問われれば、僕は最初から(guilty)だ。
「アンタこそ、僕と会話する度に緊張するそうじゃないか。どうして話なんかしたいんだよ。」
 緊張しているようには欠片も見えはしないけれど、王泥喜が言うのだから嘘のはずはない。それに、さっきこの男は何と言った? 待っていた…有り得ない。 「うん、そうだね。緊張してるんだ、ちょっと。」
 帽子の上から頭を掻く仕草と照れた様な笑い。
 嘘をつけ。響也は心の中で吐き捨てる。寧ろ緊張しているのは自分の方だ。この男の一挙一動に恐ろしい程惑わされる。辛くて苦しくて、なのに嬉しいなんて愚かな気持ちが、この男に知られてしまう事が何よりも恐い。
 
「あやま…僕が謝ればいいんだよね? 悪かった、これでいいだろ?」

 言葉だけを置き去りに、響也は部屋を出ようとした。しかし、この部屋の唯一の脱出口である扉は、成歩堂龍一の後ろにある。
 腕でもって扉に凭れ掛かったままで、困った表情で笑う。
「答え、聞いてないんだけどなぁ。」
「通さないつもり?」
「う〜ん」
 目を眇めて成歩堂を睨めば、腕はそのままでドアは開いた。
 男の意図を読めず、それでも一刻も早く此処を出たかった響也は成歩堂の腕の下をくぐろうとする。しかし、ふいにその手は降りてきて響也を抱き締め、もう片方の手が退路が再び閉じる音が聞こえた。バサッと床に紙袋が落ちる。

「ごめん、勝手で。」

 抵抗して逃げ出さなければと頭は必死で響也に訴えてくる。だけれども身体だけが自由にならない。
「君が嫌がったらやめなくちゃって、何度も何度も言い聞かせてたつもりなのに駄目だ。」
 怒鳴る事も出来たし、殴ってでも逃れられた気もした。けれど、しっとりと重なってくる唇と、柔らかな抱擁は逆に響也を動けなくする。
「どうしたら、これ、外れるんだろうね。」
 胸元に落とされた接吻に、大袈裟な程身体が跳ねた。



続きはR18になりますので、取りあえず隠蔽します。


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